人物伝「椎橋忠男」

椎橋忠男さんは、江戸時代には代々名主(なぬし)を、その後は村長や県会議員を勤めてきたこの地域の旧家の9代目。そして、菊名駅からすぐのところにある「椎橋医院」の2代目として、長年地域医療に貢献してきました。

忠男さんの父・淳一さんが「椎橋医院」を開業したのは大正8年。当時菊名の周辺はまだ貧しい農村で、近所には医療機関がまったくない状況で、金銭は度外視し、夜でも往診を厭わない献身的な仕事ぶりで人々から深く慕われました。

大正15年に生まれた忠男さんは、そんな父の姿を間近でみながら自然に医師の道を志し、医学生として太平洋戦争を経験したのち、「椎橋医院」を引き継ぎます。

戦後の復興から高度経済成長期、近隣の人口が急増し、市街地化・都市化が急速に進展する大変化の中で、地域医療を支える中心的な存在として活躍してきました。

インタビューでは、子ども時代の思い出から、家のこと、父のこと、医師を志した自身の歩み、地域医療のために尽力した医師会の活動など、幅広くお話いただきました。

人物伝椎橋忠男さん

港北ふるさと人物伝「椎橋忠男さん」(全編)

「全編」では、下記に小分けした動画作品(椎橋忠男さんについて、第1話〜第5話)を連続して観ることができます。内容は同じです。

椎橋忠男さんについて

椎橋忠男さんについて

第1話 「生まれ育った『安山(やすやま)』のこと、子ども時代の思い出」

椎橋忠男_第2話

第2話 「政治家が続いた椎橋家から、医師となった父」

椎橋忠男_第3話

第3話 「村で唯一の医者 今では考えられない苦労も」

椎橋忠男_第4話

第4話 「医学生として迎えた太平洋戦争」

椎橋忠男_第5話

第5話 「都市化が進む中で、地域医療の担い手に」

人物伝「椎橋忠男」

港北ふるさと人物伝「椎橋忠男」(全編)

椎橋忠男さんは、江戸時代には代々名主(なぬし)を、その後は村長や県会議員を勤めてきたこの地域の旧家の9代目。そして、菊名駅からすぐのところにある「椎橋医院」の2代目として、長年地域医療に貢献してきました。忠男さんの父・淳一さんが「椎橋医院」...
人物伝「椎橋忠男」

港北ふるさと人物伝「椎橋忠男さんについて」

旧家・椎橋家の9代目で、長年菊名の、さらには港北区の医療に貢献してきた椎橋忠男さんについて、映像とナレーションでの簡単なご紹介です。制作・著作 わがまち港北映像プロジェクト 横浜市港北区役所撮影協力 港北ふるさとテレビ局 「とうよこ沿線」編...
人物伝「椎橋忠男」

椎橋忠男さん 第2話「政治家が続いた椎橋家から、医師となった父」

忠男さんの父・淳一さんが「椎橋医院」を開業した当時は、今の緑区・都筑区・青葉区がすべて港北区で、その港北区の中にほとんど医者が存在していなかったのだとか。菊名から大倉山までが見通せる、かつての懐かしい写真も入っています。制作・著作 わがまち...
人物伝「椎橋忠男」

椎橋忠男さん 第1話「生まれ育った『安山(やすやま)』のこと、子ども時代の思い出」

「安山」という字名の椎橋家からの風景では、目の前を走る横浜線の印象が強かったとか。旧家の息子として、子どもたちの間でも一目置かれ、遊びの中にも「掟」があったのだとか・・・。制作・著作 わがまち港北映像プロジェクト 横浜市港北区役所撮影協力 ...
人物伝「椎橋忠男」

椎橋忠男さん 第3話「村で唯一の医者 今では考えられない苦労も」

「椎橋医院」の開業当時の菊名はまだ貧しい農家。治療代を払えない農民のこと、車が無い時代に遠方へ往診に行くためにやっていたことなど、間近で見てきた、開業医としての父のさまざまな苦労を語っています。制作・著作 わがまち港北映像プロジェクト 横浜...
人物伝「椎橋忠男」

椎橋忠男さん 第4話「医学生として迎えた太平洋戦争」

多感な青年として感じた当時の空気感、学舎で体験した空襲、医学生として駆り出された病院で見た壮絶な光景、そして戦後の大きな社会の変化など、貴重な戦争体験の記録でもあります。制作・著作 わがまち港北映像プロジェクト 横浜市港北区役所撮影協力 港...
人物伝「椎橋忠男」

椎橋忠男さん 第5話 「都市化が進む中で、地域医療の担い手に」

戦後の社会が大きく、急速に変わっていった中での地域医療を支えるために、開業医として医師会の会長として尽力してきた日々について。そして最後には、医療にとって大切なこと、次の世代の医療従事者に伝えたい思いを語っています。制作・著作 わがまち港北...